[OPINION] 基地経済依存の虚構

防衛省の米軍再編交付金で「名護市経済を活性化、(沖縄の)北の都へ」という人がいるけど、普天間基地が問題になっているのは発展した町の真ん中に基地があるから。
それを人口が少なくて影響が小さいから名護の隅っこに持っていくということは、すなわち名護市を経済的発展させる気はないってことではないか。

逆に普天間基地が返還される宜野湾市は、返還後は急激な発展をするのは間違いない。
返還後の発展を見越して沿岸部には大規模商業施設や遊技場やホテルがオープン。

基地依存の街が衰退

沖縄市は基地経済に頼っていたゲート付近の経済は衰退、ゲートとは離れた郊外が発展。
嘉手納町は大部分が基地にとられていて住民が活動できる範囲が狭いため、逆に公的サービスが集中できて安定しているのは皮肉だ。
北谷町は、返還されたハンビー飛行場跡からはじまった沿岸部の開発に大成功し、基地とは無関係に経済発展した。さらに返還された桑江地区も急激に開発が進んでいる。
那覇市も、返還された天久一帯が新都心と呼ばれて短期間で急激な発展をしている。
浦添市は基地経済とはあまり関係なく、都市型と衛星都市的な経済発展をしてる。

昔の基地経済

県内の基地を抱える自治体の今を見れば、基地経済に期待して街を発展させようっていう目論見がすでに古すぎて間違っていることは明白。
基地経済が沖縄を支えていたのはアメリカ人の所得が沖縄人の10倍くらい所得があった時代に成立できただけだ。隣に大金持ちが住んでいて、お金をばら撒いてくれてたのだから。
その時代のアメリカ人将校たちは、各家庭で沖縄人のハウスメイドを雇っていたし、下級兵士の宿舎にもメイドがいた。
今は、アメリカ人の中間層の平均所得が6万ドルくらいで、沖縄県民所得が200万くらいだから、せいぜい3倍くらい。もちろん、収入の1/3をはたいてメイドを雇うなんて将校は少ない。

ベトナム戦争時、沖縄はベトナムへの中継基地となっていた。ベトナムではいつ死ぬとも限らず、若い兵士たちは給料を沖縄の夜の街で湯水のように使っていた。
この頃のコザ(沖縄市)は空前の景気に沸いた。

辺野古推進なのに防衛省が圧力

名護市向けの再編交付金は凍結されているが、凍結したのは民主党政権下で辺野古基地建設に反対した今の市長の時代じゃなくて、積極的に辺野古基地建設推進を訴えてた島袋市長のとき、しかも自民党政権下で凍結された。
島袋前市長は、最近候補者が(辺野古推進と、辺野古論議無視派で)分裂して話題になった島袋氏で、しかも推進すべきと言ってた人。
凍結された理由は、防衛省の計画に注文を付けたからと言われている。 防衛省は辺野古受け入れを容認するだけでなく、防衛省の計画をそのまま100%受け入れなければ、このように圧力をかけるのだ。地元の意見など聞くわけがない。