祖国復帰40周年らしい

沖縄が祖国(日本)に復帰して40周年になるらしい。 復帰前の事は幼すぎて全く覚えていないが、コザ暴動あたりの話を聞くと、当時の沖縄の人たちは圧政に苦しんでいたようだ。 ちなみに、どっちかっつーと日本を祖国と呼んだのは米軍統治下から抜け出すために日本を祖国と崇めて呼んだっぽい。もともと沖縄は日本には属しない独立国家だったので、日本が祖国とは言えないとは思うが、祖国復帰じゃなくて独立って主張したら無理筋だったのかもしれない。(当時の事はよく知らない)

ひとまず、おおむね、だいたいの沖縄県民は「日本に復帰して(100%期待通りにではないが)良かった」と感じているのは確か。

 

復帰前の沖縄は米軍に支配されている社会。 なんでもかんでも米軍が優先。それは、沖縄の住民の命よりもされることもしばしば。

米軍機が小学校に墜落したとき、米軍基地内から急行した救急車が向かった先は、多数の子供たちが死傷した小学校ではなく、パラシュートで脱出したパイロットを助けに行ったというのは有名な話。本当かウソかは知らないが、被害地の人たちの証言。

米兵や軍属が、交通事故で沖縄の住民をひき殺しても、有罪になることはなく、裁判で無罪放免となった事件が何度も発生。アメリカ人の車に轢かれたりぶつけられたりしたら、泣き寝入りするのが確実。(日米地位協定という日本の憲法を超越する取り決めによって、今でもそれに近いものがある) アメリカ人という超法規的な特権階級が君臨し、その下では沖縄の住民に人権はは与えられなかった時代であった。

米軍は銃を突き付けて住民を脅し、住居をブルドーザーで叩き潰してから接収し、基地にするなどの蛮行も行った。

ここでひとつひとつ書いていたら終わらないくらい、米軍は酷いことを沖縄の人々にやってきた。 廃藩置県後の日本に置いて、唯一戦場となったのが沖縄であり、しかも住民が銃弾砲弾が飛び交う戦場で右往左往したというのは歴史的に見ても珍しい。 沖縄の人たちは、そんな経験から、戦争を忌み、平和を願う気持ちがたぶん日本で一番強くなった。

にもかかわらず、軍の圧政に業を煮やした沖縄の人々は、日の丸を掲げ、祖国復帰を訴えた。 祖国、日本がこの状況から沖縄の人々を救ってくれると期待したのである。

果たして復帰してから40周年。期待通りであっただろうか?

今日の復帰40周年の集会で、40年前のように沖縄県民が日の丸を懸命に振って祝うシーンは見られるだろうか。

沖縄が日本に復帰して、私も良かったと思っている。しかし、何が良かったか?と考えると、なんだろう? 経済物資的な面かな。社会政治的には復帰前のマイナス100点からマイナス30点くらいにはなったかもしれないが、最近、またマイナス50点くらいに酷くなってきた気もするけど。

大学を卒業して本土に就職した時は、沖縄差別もなく、どっちかというと好意的な扱いを受けたことがほとんどだったので、復帰前の酷い沖縄差別の話と比べると、あきらかに良くなったのは間違いないとは思う。

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