沖縄の神社

先日、妻が初詣に行こうというので、いいよと答えた。
じゃ、どこにいくと妻が聞くので、近所の小さめな神社を提案した。
そうしたら「えー、ご利益あるかなぁ…」と否定された。
どんなに繁盛している神社に行ったって、ご利益の結果は同じじゃん。

ここで、じゃ、人気のある神社って何なのか、どんな神様がいるのか、なんぼのもんじゃって思って調べてみた。

沖縄の神社は沖縄八社が有名で。その八社中七社は熊野信仰に基づいているらしい。
その八社は、波上宮普天満宮沖宮識名宮末吉宮天久宮、・金武宮安里八幡宮で、波上宮と普天満宮が最も有名で参拝者も多い。
安里八幡宮以外は熊野権現を祀っており、沖縄の神社は熊野信仰が強い。

熊野信仰は、熊野三山の本宮などを頂点に神仏融合の宗教として平安時代から江戸時代まで流行した宗教だが、江戸時代末期から明治初期にかけて、神仏分離政策で衰退したらしい。

波上宮は、海にせり出した場所に建てられており、おそらく起源はニライカナイ信仰の拝所だったと思われる。
伝説では、言葉を話し、願いを叶える霊石があり、その霊力を奪おうとする神々から逃れて現在の地に来た時に、霊石が熊野権現を名乗り、社を建てて奉じろと命じたらしい。

15世紀ごろに、波之上にある那覇には日本から移住してきた人たちが居留地を構築しつつあり、関西からの移住者が特に多かったらしい。
たぶん、15世紀ごろに沖縄に渡ってきた関西からの移住者や山伏か何かが布教活動の初めとして、いい感じのこの拝所に熊野神社配下の神社を作らせたと考えると符合する。

普天満宮も、もともとは別の神様を祀っていた聖地だ。
洞窟があり、日の神やら地の神、海の神など古い神様を祀っていたらしい。
そこに熊野権現を合祀して、いつの間にやらそちらがメインになって普天満宮となった。

沖縄戦で中部一帯は真っ先に米軍に接収され、普天満宮も基地にとられたこともある。
その時は今のうるま市にあたるところに仮の普天満宮を建てていた。

普天満宮の女神伝説は、昔、首里に美人過ぎる乙女がいて、美人過ぎるので部屋に籠って暮らしていた。少しセジ(霊力)があるのか、海難事故に遭った兄を夢で救ったりしたが、ある日妹の夫が美人過ぎる義理の姉を見るために覗いたところ、気が動転した美人過ぎる乙女は普天間の洞窟に逃げ込んで二度と出てこなかったというもの。
(余談であるが、週刊モーニング連載の「主に泣いています」というコメディマンガと、この伝説は少し似ている。)

神社に変化したころの伝説では、これまた首里に住んでいた善良な女性が主役。女性が洞窟の前でお爺さんに荷物を無理矢理預けられたが、本人は戻ってこなかった。
何度も洞窟を訪れてはお爺が取りに戻ってきますように~と祈ったりしていたが、現われない。
そのうち、夢に現れた爺さんが「われは熊野権現なり~」と宣言して、その荷物はあげるよ~と告げた。
開けてみると中から黄金がざっくざく。

熊野権現のパターンは、地元民が拝んでいた聖域に被さるように突然現れるものが多い感じで、古くから地元で崇められていた神様がいて、ある日突然「実は私は熊野権現でした~。これからは熊野権現としてあがめろ~」と変わったみたい。

熊野権現って何かと言うと、特定の一人の神様ではなく、熊野に祀られている神々たちのことらしい。
いまいち曖昧(まぁ、その時代時代で適当に都合よく定義したのだろう)だが、イザナミ(千手観音)、イザナギ(薬師如来)、アマテラス(阿弥陀如来)とするのが通説みたい。

ちなみに沖縄だとアマミキヨとシネリキヨの二人の男女神が日の神に命じられて島を作ったとされている。その日の神やアマミキヨらが祀られている御嶽・拝所の主祀神がイザナミ・イザナギらになっているというのは何の皮肉か、それとも実は同じものなのか。

琉球八社以外だと、護国神社ってのもある。護国寺と名前が似ているが別物。

沖縄の人には靖国神社を嫌ってる人が多いけど、靖国神社も護国神社も元々は「招魂社」っていう明治期から昭和にかけて作られた新しい神社。
もともと同じものなので、どちらも国のために死んだ人を祀っている。

招魂社は全国、都道府県につきひとつは建設された。その後、名前があまりうまくないよね、ってことで改名することとなり、東京の招魂社が靖国神社へ、東京以外の招魂社は護国神社とされた。

沖縄の護国神社にも沖縄戦で死んだ人たちが祀られている。
「国のために死んだら靖国(と護国)で神様になるから死を恐れずに戦え」という意味があるのか、単に国のために犠牲になった人を敬うために祀っているのか、その真実は知らないが、靖国と護国は同じものなので、沖縄の人たちが靖国は反対するのに護国神社には何も言わないのは矛盾しているのかも。

たぶんあれだ、仏教徒の日本人がクリスマスパーティーをするようなものと似ているのかも。
「神の御国」的な宗教がかった国粋主義みたいなものには嫌悪感をいだくところ、「初詣」「おみくじ」「祈願」っていう楽しげなお祭りのようなイベントに関しては「思想的に間違ってるなんてうるさいこといわずに楽しもう」ってところか。

ちなみに護国神社には行ったことが無いが、波上宮に行くと、特攻隊の父親が幼い娘からもらった千羽鶴に助けられながら米軍艦に特攻して死ぬ話を美化した子供向け絵本が置いてあったりしてドン引きするけど、こういうのは靖国・護国の役目じゃなかったのかなぁ。

沖縄で初詣というと、波上宮、普天満宮、成田山が有名だけど、成田山は神社ではなく仏教のお寺。
おみくじとかお賽銭箱が神社と同じようにあるので間違えてる人も少なくないけど、お賽銭を投げた後の柏手はしない(と思う)。

柏手(かしわで)は起源が凄い古いらしく、弥生時代以前からあったらしいので、神社より古い。

神社には、もともとその地域で祀られていた氏神のもの、皇族や歴史上の人物が神格化したもの、そして靖国・護国のような殉死した人たちを神として扱ってるものがある。

なぜ大和朝廷や日本の幕藩政府の支配下になかった琉球の尚泰久王が、御嶽や拝所を神社に変えていったのかはよくわからない。
斎場御嶽のような、琉球の最重要ポイントとされる御嶽は神社にされなかったことから、王自体が帰依したわけでもないらしい。

関西からの移住者が勝手にやっていったのか、あるいは王立の貿易事業をするうえで便宜をはかった見返りとか、そういうことなのかもしれない。

冒頭で挙げた近所の神社とは、泡瀬ビジュルという。漁師が南の海に浮いていた石を持ち帰ったところ、村人たちの流行病が治っていったことから無病息災のご利益があるとして祀られている。
なお、今では県内一、子宝のご利益があるとして大人気らしい。出生率No.1の沖縄で子宝祈願No.1だから、そりゃもう、大変ご利益があるに違いない。

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